「法話が聞き取れず」と義母の「なまんだぶ」

お寺から案内のはがきやら住職直接の御誘いやらの「報恩講」

全く不信心で距離的にはすぐ近くなのに飛行機に乗って行かなければいけないような距離感がある。
全く拒否しているかと言うとそうでもないのだが・・・

門徒としての会費のようなもの(と思っている)三季冥加金5000円を持参するよう封筒まで用意されている。
御金は入れたがいつお参りに行くか?
1日目の午後にでもお参りがてら持って行くかと心づもりをしていたら主人が持って出かけて行った。

法話のみ聴聞すべく午後2時に出かけた。
立て看板

しかし、にこやかな講師の話が半分しか聞き取れない。
ちゃんとマイクを付け話されているのにちょっと早口であるから余計に聞き取れなかったのかもしれない。
1時間40分をその状態でいるのは耐えられないと前半が終わり休憩になった所で退出してしまった。

アナログの補聴器を買ってテレビを見る時などに使用しているので、これをはめて行けばよかったのかもしれない。

こうして半分しか聞こえない法話をききながら義母の事を思った。

耳が遠くなっていくつかの補聴器を買ってもらっても使い勝手が悪くて仕舞ったままだった。
その母はお寺のこうした行事にはよく出かけて行ったのだが、話の内容は全部聞こえなくてもお寺の阿弥陀様のまえで皆と一緒に居る事が幸せだったのだろうか。
何の疑念もなく「なまんだぶ、なまんだぶ」と唱えていた。

自力で何もしなくても「南無阿弥陀仏」と唱えれば、阿弥陀様が救ってくださるという、浄土真宗の他力本願というのをその姿に見た気がした。
そろそろ母の歳に近づきつつあるのに、そういう信仰心出てこないばち当たりである。


まだ法話の真っ最中だが御無礼してしまった。
法話の真っ最中


neko
Posted byneko

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2015/01/11 (Sun) 08:18

いもこ  

信仰心が無いのは私とて同じ

バチあたりかもしれませんが、私にも信仰心はほとんどなく神社仏閣へお参りに出かけても、御座なりでのお詣りです。

ダメとは思いつつもなかなかその心境から抜け出せません。

そのうちいつか信心が出来るようになるのを慌てず待ちます。

2015/01/11 (Sun) 12:51

neko  

Re: 信仰心が無いのは私とて同じ

いもこさん、あるがままの心にまかせればいいでしょうかねえ。

みよ  

報恩講

わがお寺はいつも11月の終わりです。
寒い時を外してそれはそれでうれしいのですが。

耳は聞こえてもすぐに忘れてしまいます。
聴かなかってのと同じですね。
すぐに眠気が襲ってきます。

今年は節談説教(ふしだんせっきょう)と言って仏教になじみの少ない聴衆に伝わりやすくするために工夫されたもので浪曲、漫談、落語などの語りで行われました。
いつもよりは覚えていますが、年のせいかやはり大部分忘れました。
参加することに意義ありでしょうかね。

2015/01/11 (Sun) 23:20

neko  

Re: 報恩講

みよさん おはようございます。

> 参加することに意義ありでしょうかね。

その時だけ聞いておればいいそうですよ。
聴聞を数多くするうちに意はおのずとわかってくるそうです。