同級生が亡くなる

人間、何時かは必ず死ぬのであると理屈では分かっていても、自分の身には中々置きかえれないのである。


友人の旦那さんであり、小中学校の同級生が亡くなった。

そのTさんは昨年大病をされた。
しかし、頑張って治療されてよい状態になられた。(と、ほんの2週間前に友人と会って聞いたばかりであった)

大病の経過がよいので本来予定していた腰の手術をしてもいいとかで検査をしているところだったようである。

それなのにどうしたことか突然の訃報であった。
又聞きの話では信頼性がないからあれこれ詮索しても始まらないが、「どうして?何故?」と思ってしまう。

他人の私でさえそうなのだから友人や家族の皆さんは本当に信じられないと思う。

通夜で蓮如上人の「白骨の章」を聞きながら涙した。

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御文章 白骨の章
夫・人間の浮生なる相をつらつら観ずるに。おほよそはかなきものは、この世の始中終・まぼろしのごとくなる一期なり。
されば、いまだ萬歳の人身をうけたりといふ事をきかず、一生すぎやすし。いまにいたりてたれか百年の形體をたもつべきや、我やさき人やさき、けふともしらずあすともしらず。おくれさきだつ人は、もとのしずくすゑの露よりもしげしといへり。
されば・朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちにとぢ、ひとつのいきながくたへぬれば。紅顔むなしく變じて、桃李のよそほひをうしなひぬるときは、六親眷属あつまりて、なげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。
さてしもあるべきことならねばとて、野外におくりて夜半のけむりとなしはてぬれば。ただ白骨のみぞのこれり、あはれといふも中々おろかなり。
されば人間のはかなき事は、老少不定のさかひなれば。たれの人も、はやく後生の一大事を心にかけて。阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念佛まうすべきものなり。あなかしこあなかしこ。




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neko
Posted byneko

Comments 4

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2010/06/06 (Sun) 09:50

スミ  

通夜の夜10時ころ御遺体に手を合わせながら奥様からつぶさにお伺いしました
聞く範囲では私より遥かに軽傷であったようですのに
何時・何処で・何が・・・
一寸先は闇ですね
                          合掌

2010/06/06 (Sun) 21:45

スミ  

追加です
その主宗寺の三男の同級生も先月病死しておられます
                   南無阿弥陀仏

2010/06/06 (Sun) 22:17

neko  

スミ さん おはようございます。

葬儀で多くの同級生に会い、「残り少ない日々を大事に暮らそうね」と言い合いました。

2010/06/07 (Mon) 08:26